父が経営していた事業で借金を抱えたまま70歳で亡くなってしまい、相続人は母と長女である私と妹。通帳や帳簿などで財産を調べてみると借金は予想以上に多額で、父が残した預金の解約や不動産の売却をしてお金に変えても、とても返済できる金額ではないのです・・・どうしたらいいでしょうか?
相続において、預金や不動産などの財産だけでなく、借入金などの負債も合せて受け継ぐのが原則です。この例だと相続人である母と姉妹は借金の返済義務を負わされます。父の残した財産をすべて手放して負債を全額返済できるならまだしも、そうでない場合は大きな負債です。こうした場合を想定して民法では「相続放棄」が認められています。そうすれば財産も負債も一切受け継がず、親の財産とは無関係になります。
この多額の負債がある場合は相続放棄が家族にとって有効な手段になりますが、注意が必要なのは相続放棄が相続発生を知ってから3ヶ月以内に手続きをしないと財産も負債もすべて相続したとみなされてします。ただ負債の額が分からず、放棄するかどうかの判断がつかない場合は家庭裁判所に期間の延長を申請することが可能です。申請には相続人の戸籍謄本や亡くなった方の除籍謄本をもって申述書を作成し、相続人がそれぞれ家庭裁判所に提出する必要があります。この手続きは相続人がひとりでもでき、全員でする必要はありません。
もし誰かが相続放棄すれば代わりの誰かが借金を相続する必要が生じます。その順番は法律で定められております。相談者である長女のみが相続放棄をすると、母と妹の2人。もしその3人の全員が相続放棄をしたら、次の順位である祖父母。その祖父母がいない場合は、父に兄弟がいればその兄弟が相続人となり、負債を背負う立場になります。突然債権者から督促状が届くと兄弟が驚きますので、事前に知らせて兄弟も相続放棄の手続きをしてもらわないといけません。
また相続放棄をするまでの間に父がもっている財産を使ってしまうと「単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなります。よく質問されるのは父が入院していた場合の費用、つまり負債を父の預金から払った場合はどうなるのかという質問です。そういった負債の返済も財産の処分になりますので相続放棄はできなくなります。
もし入院費を払いたい場合は、相続人であるご自身の財産で払うことです。そうすれば単純承認とはなりませんので相続放棄が可能です。ただ入院費の金額が高いからと言って「高額療養費」の請求をしてしまい還付を受けると財産を受け取ったことになり相続放棄はできませんので注意して下さい。
また逆に相続放棄をしても受け取れる財産があります。それは生命保険金で、受取人が相続人である場合です。被相続人である父が受取人だと相続財産の一部となりますので受け取れません。これは生命保険金はみなし相続財産であり相続財産とは別と考えられています。同じような財産として、死亡退職金、遺族年金なども相続放棄しても受け取ることが可能です。
では遺族が全員相続放棄をした場合、父にお金を貸していた金融機関はどうなるのでしょうか?金融機関である債権者は家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てることが可能です。管理人は弁護士などから選ばれます。財産や負債を精査したうえで遺族の代わりに債権者への返済手続きをする役割です。
最後に「限定承認」という相続の方法についてご説明をします。負債があっても、残された財産の範囲内のみで負債を返済すればよいという仕組みです。今回の例とは異なり、財産の方が負債よりも大きい可能性がある場合、簡単に相続放棄を選択してしまうことは得策ではありません。そんな時に限定承認を選べば財産を超えた借金を引き受けなくてもすみます。ただし限定承認は相続人全員でする必要がありますので全員が意見を合わせる必要があります。
いずれにしても借金をもっている方が被相続人にいる場合、事前にその金額を把握しておく必要があります。