何らかの事情で、特定の相続人に財産を相続させたくないというケースがあります。例えば、Aさんのケース。Aさんは若い頃に離婚・再婚し、後妻との間にできた長男とともに親子3人で長らく生活してきました。今回遺言を作成して、自宅を後妻に、現預金を長男に相続させたいと考えています。実は先妻との間にできた長女がいるのですが、先妻と離婚以来数十年間ほとんど会ったこともなく、長女には何も相続させるつもりはありません。このような遺言書を作ることは自由にできますが、長女には実子としての遺留分があり、Aさんの死後に後妻や長男に対して遺留分減殺請求をしてくる可能性があります。それで、Aさんは悩んでいるのです。
このケース、遺留分は後妻1/4、長男1/8、長女1/8です。Aさんの死後、長女が遺言の内容に納得しない場合、Aさんの遺産の1/8に相当する額を後妻と長男に請求することができ、そうなると後妻も長男もこれを拒むことができません。遺留分額は相続発生時を基準に算出されますので、今の段階で正確な金額は分かりません。従って、一応今の時点での金額で考えた上で、将来的な増減も多少考慮しながら対策を考えることになります。自宅の時価が4,000万円、現預金が4,000万円だった場合、遺留分額は後妻2,000万円(8,000万円×1/4)、長男と長女はそれぞれ1,000万円(8,000万円×1/8)です。そして問題は、長女がこの1,000万円の遺留分減殺請求をしてきた場合、後妻と長男はどちらが幾ら支払うことになるのかということです。
結論から言うと、長女が後妻及び長男に対して遺留分減殺請求できる金額は、後妻及び長男が遺贈により取得した財産の価額からそれぞれの遺留分額を差し引いた価額の割合で按分となります。
【後妻】遺贈金額4,000万円-遺留分額2,000万円=2,000万円
【長男】遺贈金額4,000万円-遺留分額1,000万円=3,000万円
よって、各人への請求額は以下の金額となります。
【後妻への請求金額】1,000万円×2,000万円/5,000万円=400万円
【長男への請求金額】1,000万円×3,000万円/5,000万円=600万円
長男は相続した現預金4,000万円の中から600万円を長女に渡せばいいので問題はなさそうですが、後妻は大変です。自宅しか相続していませんので、400万円は自らの財産の中から捻出しなければならず、それが難しければ自宅を売却して現金化するか、長女に自宅の持分を差し出すしかありません。
Aさんが後妻に安心して自宅を相続させてやりたいと思うのであれば、この長女の遺留分減殺請求に備えてどのような遺言にしておくべきかということをしっかりと検討する必要があります。基本的に考えられる対策は以下の通りです。
【対策① 長女の遺留分に配慮した遺言書の作成】
長女に最低でも遺留分相当額(1,000万円)の財産を相続させる内容の遺言を作成するようにします。長女には何も相続させたくないという気持ちはあるかもしれませんが、長女からの遺留分減殺請求により後妻が窮地に陥るよりは、自分の気持ちを少し抑えて長女にも最低限の財産を相続させるようにしておく方が賢明です。
【対策② 遺留分の行使方法の意思表示】
民法には、遺言者は遺留分減殺請求の順序について意思表示することができる旨が規定されています。そこで、自宅を妻に安全に相続させるために、「長女が遺留分減殺請求する場合は長男に相続させた財産から減殺すること」という文言を遺言の中に記載しておきます。長男は現預金4,000万円を相続するわけであり、しかも長男自身の遺留分を3,000万円も超えているわけですから、この中から1,000万円全額を長女に支払うことができます。つまり、後妻は何も支払う必要がなく、自宅は安全に守られます。
【対策③ 遺留分放棄の活用】
Aさんが長女に連絡を取って遺留分放棄について同意を取り付け、長女に家庭裁判所へ申立てを行ってもらいます。家裁で遺留分放棄が認められれば、Aさんは長女の遺留分を気にすることなく妻と長男に全財産を相続させる旨の遺言書を作ることができます。ただし、家裁に遺留分放棄を認めてもらうためには長女に放棄の代償として幾らかの現金贈与をすることなどが必要になるでしょう。また、そもそも長女が遺留分放棄に同意してくれなければAさんがこれを強制することはできず、この方法は使えなくなります。
なお、①又は②の方法を取る場合は、先に遺留分対象財産自体を減らしておくと更に効果が高くなります。遺留分対象財産が減れば、長女の遺留分額も減るからです。例えば、Aさんが掛金2,000万円を支払ってAさん死亡時に長男が2,000万円の保険金を受取る内容の生命保険に加入します。生命保険金は原則として遺留分対象財産にはなりませんので、この保険に加入することで遺留分対象財産は8,000万円から6,000万円(自宅4,000万円+現預金2,000万円)に減り、長女の遺留分相当額も1,000万円から750万円(6,000万円×1/8)に減ります。この状態にした後、①又は②の対策を実行するのです。ちなみに、保険金が高額であったり、遺産の総額に対する保険金の比率が相当高くなったりするようなケースでは、例外的に保険金も遺留分対象財産と認定される可能性があります。よって、現預金4,000万円全てを保険に替えることは要注意です。
以上のように、誰かの遺留分を侵害する内容の遺言をしたいと思う場合は、遺言書の作成とともに遺留分対策を行っておかなければ、その遺言が争いの種になる可能性があります。具体的にどういった対策が最も有効なのかは、遺言者の財産の内容やご家族の状況によって異なります。まずは、当社までご相談ください。