特定の相続人に財産を集中させるような遺言書を作成したい、という相談をよく受けます。例えば、「前妻との間の子」には何も相続させずに「後妻との間の子」にのみ相続させたいとか、事業の後継者や介護で世話になった(又は今後世話になる予定の)子に大部分の財産を相続させたいというようなケースです。そのような遺言書を作ることは自由ですが、すべての子には遺留分(法定相続分の1/2)があり、遺言者の死後に遺留分減殺請求をしてくる可能性があります。
そのため、自分の死後に遺留分減殺請求されて他の相続人が窮地に陥るよりは、財産をあまり相続させたくない相手に対しても最低でも遺留分相当額の財産は相続させるような遺言書にしておく方が賢明です。ただし、どうしてもそうしたくないという場合は、遺言書の作成とともに何らかの遺留分対策を実行しておくことをお勧めします。長男と二男がいて、父親が長男に大部分の財産を相続させるという前提で、考えられる主な遺留分対策を以下に挙げておきます。
① 遺留分放棄の活用
父親が二男から遺留分放棄について同意を取り付け、父親の相続開始前に二男に家庭裁判所へ遺留分放棄の申立てを行ってもらいます。家裁で遺留分放棄が認められれば、二男の遺留分を気にすることなく遺言書を作ることができ、長男に全財産を相続させることも可能です。ただし、家裁に遺留分放棄を認めてもらうためには放棄の代償として父親が二男に幾らかの現金贈与をすることなどが必要になるでしょう。また、そもそも二男が遺留分放棄に同意してくれなければ父親がこれを強制することはできず、この方法は使えません。
② 生前贈与と相続放棄の活用
父親が生前に長男に全財産を贈与しても、それだけでは根本的な対策にはなりません。何故なら、法定相続人への生前贈与の多くは特別受益として遺留分の対象財産に加えられるからです。そこで、贈与を受けた長男が、父親の死亡時に家庭裁判所で相続放棄の手続きを行います。相続放棄した長男は最初から相続人ではなかったという扱いになるため、長男への生前贈与は特別受益ではなくなります。贈与が「死亡前1年以内」でなく、「父親と長男の双方が二男に損害を加えることを知ってやった」ものでもなければ、遺留分の対象財産とはなりません。
「損害を加えることを知っていたか否か」は立証の問題なので確実とは言えませんが、立証が困難なケースも多く、その場合は二男からの遺留分減殺請求が認められなくなるのです。
③ 生命保険の活用
生命保険金は原則として遺留分対象財産にはなりません。したがって、父親が元気なうちに現金の一部を使って例えば一時払いの終身保険に加入することで遺留分対象財産を減らすことができます。ただし、保険金が高額であったり、遺産の総額に対する保険金の比率が相当高くなっていたりするケースでは、例外的に保険金も遺留分対象財産と認定される可能性がありますので、注意が必要です。
④ 養子縁組の活用
養子は法定相続人として実子と同じ法定相続分となるため、養子を取ると他の相続人の法定相続分は減ることになります。長男と二男だけなら法定相続分は各々1/2ですが、養子を1人取ると各々1/3となるわけです。遺留分は法定相続分の半分ですから、養子を取ると結果として各人の遺留分もその分減ることになります。
なお、税法上は実子がいる場合は養子は1人までという制限がありますが、民法上は養子の数に制限はありません。つまり、遺留分対策としての養子縁組の活用は何人でも可能だということです。
⑤ 家族信託の活用
例えば、二男の遺留分相当額の不動産を遺言代用信託などを活用して長男に信託し、二男にはその受益権のみを相続させる方法です。この場合の受益権の評価額は不動産そのものの価額となるため、二男の遺留分は確保された状態ですから二男は減殺請求することができません。しかも、信託された不動産を管理・運用・処分する権限は受託者である長男が持つため、二男がこの不動産を勝手に処分などすることも防ぐことが可能です。
⑥ 付言事項の活用
遺言書の中で、どうしてこのような遺産分けにしたのかという理由や、減殺請求をしないでほしい旨の希望などを記しておくという方法です。ただし、これらには法的拘束力はなく、二男の心情に訴えるというものですから、ケースによっては有効な対策とはならない場合もあります。
これら以外にも、例えば法人の事業承継(自社株の承継)については、経営承継円滑化法や種類株式を利用することなどが考えられます。
いずれにしても、対策は相続財産の内容や相続人の状況によって変わりますので、専門家へ具体的に相談した上での実行が不可欠です。