こんにちは。税理士の山方です。
今回は相続法改正の一つである「遺留分の取扱いの改正」による税金への影響についてお話します。
具体的今までは、遺留分侵害による請求がなされた場合、相続税のみに影響が出ていましたが、
今後は相続税に加えて譲渡所得税が発生する可能性もあるというお話です。
1、突然ですが問題です
【問題】
登場人物 : 被相続人 父甲 相続人 長男A・次男B 2名
相続財産 : 先祖伝来の不動産(時価2億円、取得価額不明)
相続税額 : 3,340万円
父甲が死亡し、不動産(時価2億円)について相続することとなりました。父甲は遺言により財産をすべて長男Aに相続させると残しておきました。長男Aは遺言に従い不動産の相続手続きを完了させ、併せて相続税額3,340万円を納付しました。
しかしその後、次男Bが遺留分5,000万円(相続財産の4分の1)を長男Aに請求し、長男Aは相続した不動産のうち4分の1を次男Bに引き渡しました。
この場合、長男A及び次男Bの税金はどうなるでしょう?
【回答】
次男Bは遺留分の請求により相続財産の4分の1を相続したことになるため、対応する相続税835万円(3,340万円×1/4)を納付することになります。
長男Aは結果として相続財産の4分の3しか相続していないわけですから、払いすぎた相続税835万円を税務署から返して貰う事になります。
さらに長男Aは不動産5,000万円を譲渡(売却)したものとされ、不動産の譲渡所得税約965万円を納付することになります。
算式:5,000万円〔時価〕-(5,000万円×5%)〔概算取得費〕=4,750万円〔利益〕
4,750万円〔利益〕×20.315%〔税率〕≒965万円〔譲渡所得税〕
次男Bの遺留分の請求により相続財産の配分が変更したわけですから、それに応じて相続税額の負担割合が変更するのはわかります。長男Aは、相続財産を次男Bに渡しただけなのに何故譲渡所得税965万円が発生するのでしょう?
これは、民法改正により遺留分の返還方法が「物の返還」ではなく「お金の返還」に改正されたことによります。この変更により「代物弁済」という考え方が絡んでくることになりました。
2、遺留分侵害と代物弁済
【遺留分侵害額請求権】
遺留分というのは、たとえ遺言により相続財産を全く貰えない場合でも、相続人が請求できる最低保証額のことです。遺留分は法定相続分の2分の1です。
上記の例ではBの遺留分は次の通りです。
算式:5,000万円〔B遺留分)=2億円〔相続財産〕×1/2〔法定相続分〕×1/2
Bは遺言の内容にかかわらず、最低5,000万円の請求を長男Aにすることができます。
民法の変更点は、従来は遺留分について相続財産(物)を直接返還することが原則でしたが、改正後は基本的に「金銭」で支払うことになった事です。
上記の例ですと、長男Aは次男Bに5,000万円の現金を渡さないといけないことになります。
【代物弁済】
借金などの本来は現金で支払うべき債務を「現金」に換えて「物」で返すことを民法上「代物弁済(だいぶつべんさい)」といいます。このこと自体は当事者の合意があれば元々民法上認められる行為です。
しかし、「代物弁済」は税務上要注意事項です。代物弁済があった場合、弁済の時点で一旦譲渡(売却)があったものとして課税するのが税務上の考え方です。
上記の例では、長男Aは一旦不動産を5,000万円で売却し、その代金5,000万円を次男Bに渡したと考えます。そして、次男Bはその5,000万円で改めて不動産を購入したものと考えることになります。非常に違和感があると思いますが、「代物弁済」については税務上元々このように取り扱われています。(「含み益の実現に対する課税」といった細かい話が課税根拠なのですが、詳細について今回は割愛します。)
3、対策
遺留分の取扱いの改正により、金銭以外での相続財産の返還は代物弁済として課税の対象となりました。思わぬ譲渡所得税を支払わずに済むには、今後どのような対策が有効でしょう?以下にまとめてみました。
・遺言があっても、他の相続人に遺留分請求の意思がないか確認する。
・遺留分の請求がある場合、金銭で支払いが可能か確認する。
・金銭で支払いが困難な場合は、遺言の放棄を検討する。
(譲渡所得税が発生しないように、他の相続人との遺産分割協議に切り替える。)
・そもそも被相続人が遺留分に配慮した遺言書を作成しておく。
気になる方は、まずは専門家へのご相談をお勧めします。
4、参考
今回の遺留分の改正に伴い、相続税法の一部改正や所得税法通達の新設がなされています。遺留分制度の見直しと併せてご紹介しておきます。
法務省 「遺留分制度の見直し」
http://www.moj.go.jp/content/001263488.pdf
電子政府の総合窓口「相続税法」
(更正の請求の特則)
第32条(令和元年7月1日施行)
旧法 三 遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき、又は弁償すべき額が確定した
↓
改正 三 遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと。
国税庁「所得税基本通達」(令和元年6月28日新設)
(遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転)
33-1の6 民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遣留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。
(注)当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求をした者が取得した資産の取得費については、38-7の2参照
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/sochiho/kaisei/190628/pdf/05.pdf