こんにちは。税理士の山方です。
今回は趣向を変えて、私が税理士として駆け出しの頃に受けた相続税の税務調査についてお話ししようと思います。
十数年前にお受けした相続案件です。
被相続人は80代の不動産オーナー。財産は、不動産が約3億円と数千万円の金融資産。相続人は、70代奥様と40代の長女のお二人。遺産分割でもめる要素はありません。
比較的すんなり終わりそうかと思いきや、そう簡単にはいきません。被相続人の預金通帳を拝見してびっくり。
高額のお金の出入りがやたらと多い!
相続人に尋ねます。
「通帳から頻繁にお金が出入りしています。要因は?」
聞けば、通帳の出納先は奥様の通帳とのこと。奥様も事業をしているとのことで、お金について夫婦間に垣根はなし。常にお二人の通帳の間を多額のお金が行ったり来たり。「仲の良いご夫婦ですね。」と言いたいところですが、税務署は黙っていません。税務上はたとえ夫婦でも、財産はきっちり分けられます。夫婦間で資金移動があれば、生活費以外は課税対象です。
かくして、通帳取引の整理業務がスタートです。7,8年分の通帳を預かり資金移動を一つ一つピックアップします。それを資料にまとめると、次は相続人への聞き取りです。一つ一つ記憶をたどって移動原因を整理していきます。1か月以上かけて、ようやく全体像が見えてきました。しかし、ここで問題発生。どうしても500万円ほどお金の流れが掴めません。
相続人に尋ねます。
「数回にわたり合計500万円ほどの出金があります。お心当たりは?」
「…うーん。思い当たらないですねぇ。…」
「恐らく税務署も同じ疑問を持ちますよ。」
「…やっぱり、わからないですねぇ。」
相続調査において「わからない」はある意味ありです。家族に内緒でへそくりでもしていたのか?はたまた匿名で寄付でもしていたのか?家族間でも秘密はつきもの?お亡くなりになれば、事実は闇の中です。その後調査を続けるも最後まで出先は不明のまま。
結局、謎を残しつつも申告書は完成。500万円については、無いものは無いと言う事で未計上。相続税約3,000万円は保険金や金融資産を充当して無事完納。とりあえず業務は一旦終了です。
申告から10カ月ほど経過したある日、事務所に電話がかかってきます。
「○○税務署です。××さんの件で税務調査を…」
うーん、来ちゃいましたか…
早速、相続人に税務調査が入った事を伝えます。事前打ち合わせのため、10カ月ぶりに相続人宅にご訪問。
「任意調査ですが、調査妨害してもメリットのない事。」「質問にはわかる範囲で答え、わからない事は分からないと伝える事。」「変な嘘はつかない事。(怪しまれるだけ)」といった事を事前確認。
数日後の午前10時、ご自宅にて税務調査スタート。
調査官は、50歳前後の男性調査官。中堅ベテランといった風貌です。一見温厚そうですが、目の奥の鋭さは隠せません。席に着くと、これ見よがしに分厚い資料をテーブルに並べます。「調べてきたぞ!」と言わんばかりです。
しかし、資料には一切触れぬまま雑談からスタート。雑談と言っても、被相続人の人柄や家族関係から財産に関する情報を収集していきます。結局午前中は雑談で終了。お昼休憩に入り、一旦調査官も退出。ここまでは予定通り。午後の部に備えます。
午後に入り、例の資料が開かれます。中身は通帳の取引記録がびっしり。いよいよ本題です。調査官から資金移動についての質問が続きます。こちらも淡々と答えていきます。
1時間ほど経過したところで、調査官が一言
「金庫の中身を見せて頂けますか?」
相続人と共に、奥の部屋へ向かいます。
金庫の開く音に続き、調査官の声が聞こえてきます。
「ほう、結構な額の現金がありますね。うーん、500万円ほどですか?」
ッ⁉ ????? エ―――――ッ!
かくして、調査は終了。
追徴税約100万円に加え、過少申告換算税と延滞税が20万円ほど発生しました。
重加算税が課されなかったのは、悪意の認定が困難だったのか?
そのあと、何故か相続人のお二人から、しきりに謝罪を受けました。
(うーん、現金の事先に言ってくれていたら…)
あれから十数年。あの時、相続人は私に嘘をついていたのか?単なる勘違いだったのか?はたまた無意識に忘れようとしていたのか?真相は分かりません。
いずれしろ、相続人にしてみれば将来への不安があったのかもしれません。どんなに財産があってもそこは変わらないのかもしれません。
あの時、その不安をくみ取れていれば… 将来への前向きなご提案ができていれば…
税理士として、まだまだ勉強は続きそうです。