現在、日本は世界でも類をみない少子高齢社会に突入しています。しかも一昔前に比べると親子別居という家庭が多いため、最後は自宅を離れて老人ホーム等へ入所するという親が増えています。
そこで気になるのが、老人ホーム等への入所に際して、自宅をどうしておくのが一番良いのかという点です。何を重視するのかによって色々な考え方はありますが、ここでは税務的な観点に絞ってまとめてみたいと思います。
下記はいずれも、『一人で自宅に住んでいた親が自宅を出て老人ホーム等へ入所する』という前提です(推定相続人は子のみ)。
①空き家のままにしておく(空き家のまま子に相続させる)
この場合、相続開始時に「小規模宅地等の評価減の特例(特定居住用宅地等)」が使える可能性が出てきます。これにより、相続税算定上の自宅土地の評価額が330㎡部分まで80%引きとなりますので、子の負担する相続税はかなり軽減されます。場合によっては、全く相続税が掛からなくなることもあるでしょう。
ポイントは、自宅を相続する子が、親の相続開始時に賃貸住宅や社宅等の一定の要件を満たす家屋に住んでいることや、相続した自宅を相続税の申告期限まで売却せずに持ち続けることです。相続開始前3年以内に自己や自己の配偶者名義の家屋等に住んでいた子では、この特例は使えません。
また、子が相続後にこの自宅に移り住むことなく空き家のまま売却をする場合には、「空き家に係る譲渡所得の3,000万円特別控除」が使える可能性もあります。これが使えれば、売却時の譲渡所得税が大幅に軽減されたり掛からなくなったりします。自宅家屋が昭和56年5月31日以前に建築されたものであることや、相続開始日から3年が経過する日の属する年の12月31日までに売却すること等が条件です。
②他所に住んでいた子に無償又は無償同然の安い賃料で貸す(使用貸借)
この場合も、相続開始時に「小規模宅地等の評価減の特例(特定居住用宅地等)」が使える可能性があり、相続税の大幅な軽減が見込めます。
ポイントは、移り住んだ子が親と生計一であり、この者が自宅を相続し、相続税の申告期限まで売らずにそこに住み続けることです。親子別生計であれば、特例は一切使えません。
また、子が相続後にこの自宅を売却する際には「居住用財産の譲渡所得の3,000万円特別控除」が使え、売却時の譲渡所得税が大幅に軽減されたり掛からなくなったりします。
③第三者に貸す(賃貸借)
この場合、第三者に賃貸した段階でこの不動産は本人の自宅ではなく貸家及び貸家建付地となります。相続税の算定上、自宅に比べて家屋の評価は30%引き、土地の評価は所在地により9~27%引きです。
自宅ではなくなるため「小規模宅地等の評価減の特例(特定居住用宅地等)」は使えませんが「小規模宅地等の評価減の特例(貸付事業用宅地等)」は使える可能性が高く、特定居住用宅地等よりも相続税の軽減効果は下がるものの、200㎡部分までの自宅土地の評価額を前記の貸家建付地評価から更に50%引きすることができます。
ポイントは、相続した子が相続税の申告期限までそこを売らずに賃貸事業を継続することです。ただし、親が従前から他に賃貸不動産を所有していて事業的規模(一般的には「5棟10室基準」)で賃貸事業を行っていた場合を除き、自宅を賃貸してから3年以内に相続開始となった場合は、この自宅土地には小規模宅地等の特例(貸付事業宅地等)も使うことはできません。
また、相続後の売却時には、「空き家に係る譲渡所得の3,000万円特別控除」や「居住用財産の譲渡所得の3,000万円特別控除」は使えませんので、譲渡所得税はかなり高額となる可能性もあります。
④生前売却する
売却時に「居住用財産の譲渡所得の3,000万円特別控除」が使え、譲渡所得税の大幅な軽減に繋がる可能性があります。ただし、この特別控除を使うには、自宅に住まなくなってから3年が経過する日が属する年の12月31日までに売却する必要があります。もし家屋を取り壊して更地として売却するのであれば、取り壊しから1年以内の売却が条件です。
一方、自宅土地家屋の相続税評価額よりも売却後の手残り金額の方が通常は高くなりがちですから、その状態で相続開始となると相続税がかえって高くなってしまいます。売却で得られた現金をその後の施設利用料や療養費等として有効に消費したり、子などへ生前贈与するなどしたりして、計画的に減らしていくことが必要でしょう。
実際は、税金云々よりも自宅に対する本人や家族の思い、家族の状況などを優先して考えたいという方も多いと思います。大事なのは、方向性を早めに検討し、納得のうえで進めていくということです。「税務的にそんなに不利益になるとは知らなかった」「知っていたら別の選択をしたのに」といったことにならないようにしたいものです。
また、上記②③④(特に③④)を選択する場合は、親の判断能力に問題がないことが大前提となります。売却なら契約時だけの問題ですが、賃貸借の場合は契約期間中も貸主としての様々な判断や手続き(法律行為)が求められるため契約が続く限り判断能力が必要です。親の認知症等による判断能力喪失に備えて、場合によっては任意後見や家族信託などの活用についても早めに検討し、実行しておくべきでしょう。
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