預金は本人の資産であり、引出す場合には本人の意思確認が必要となるため、家族といえども本人の代わりに自由に引出すことはできません。では、認知判断能力が低下した顧客と取引をする場合、銀行はどう対応するのでしょうか。
この点に関して、2021年2月18日、全国銀行協会(以下、「全銀協」という。)が、新たな考え方を取りまとめて公表しました。ただし、これは会員行に対して強制力を持つものではなく、あくまで指針を示したものです。具体的な対応方法は銀行ごとに決めることとされていますので、銀行によって対応が異なってくる可能性があります。
そんな今回の全銀協の指針を踏まえ、『認知判断能力低下後に預金を引出す方法』を預金者側の視点で考えると、主に以下の6つとなります。
①キャッシュカードの利用
暗証番号さえ分かれば、家族等がキャッシュカードで引出すのが最も手軽に思えます。
ただし、ATMでの引出しに限られますので、一括での多額な引出しはできません。また、本人の判断能力が著しく低下した後からの家族によるこのような引出しは、相続開始後の家族間の争いの元になったり、税務署との関係において問題となったりする可能性もあります。万一家族が自分の生活費や遊興費等に使ってしまった場合は、窃盗罪や横領罪が成立する可能性さえあるのです。
カードの磁気不良や紛失により、引出不能となるリスクもあります。原則として、カードの再発行手続は預金者本人しかできません。オンラインや郵送での手続きなら家族が本人のフリをして再発行を受けることも可能かもしれませんが、法的には大きな問題があるといえます。
②成年後見制度の活用
銀行が考える第三者取引の基本が、成年後見制度の活用で、「任意後見」と「法定後見」の2種類があります。
イ) 任意後見
特定の家族等と任意後見契約を結んでおき、判断能力低下後に任意後見監督人を家庭裁判所に選任してもらえば、家族等の任意後見人が預金の引出しを行えます。
ただし、任意後見監督人には原則として、士業等の専門家が選任されますので、毎月報酬が掛かります。報酬目安は、本人の財産額によって異なり、5,000万円以下なら月額1~2万円、5,000万円超なら2.5~3万円です。
ニ) 法定後見
任意後見契約を結んでいなかった者が判断能力低下に陥った場合は、家庭裁判所に法定後見人等を選任してもらえば、選任された後見人等が預金の引出しを行えるようになります。
後見人等には士業等の専門家が選任される可能性が高く、その場合、毎月の報酬が掛かります。報酬目安は、本人の財産額が1,000万円以下で月額2万円、1,000万円超5,000万円以下で3~4万円、5,000万円超なら5~6万円です。
なお、任意後見でも法定後見でも、預金のみならず、本人の所有財産の全てが後見人等の管理下に置かれ、直接・間接的に家庭裁判所の監督を受けます。そして、原則、本人のための支出しか認められません。家族が後見人等に選任された場合、その者は家庭裁判所や監督人への定期的な報告義務を負うこととなり、士業等の専門家が選任された場合は、本人の財産管理に関して家族は完全に蚊帳の外となります。
③財産管理委任契約の活用
特定の家族等と財産管理委任契約を結んでおけば、受任者である家族等が本人の代わりに預金の引出しをすることができます。ただし、銀行としてはリスク回避の観点から必ず本人の意思確認を行おうとしますので、判断能力喪失により意思確認ができなくなると、受任者との取引に応じてくれない可能性が高いでしょう。
④任意代理人の届出
事前に銀行へ任意代理人を届け出ておけば、任意代理人が預金の引出しをすることが可能になります。ただし、任意代理人の届出制度を設けるか否かは銀行により異なります。また、届出されていた任意代理人との取引であっても、事案によっては銀行が取引に応じてくれない可能性はあると考えられます。
⑤無権代理人による引き出し
何ら法的な権限がない家族等からの引出要請であっても、医療費や施設利用料の支払いに充てる等、本人の利益に適合することが明らかである場合は、極めて限定的ながら銀行が応じてくれる可能性はあります。ただし、正当な法的権限に基づく引出しではないため、親族間での争いの元になったり、税務署との関係において問題となったりする可能性は残ります。
また、無権代理人と取引するということによる銀行のリスクは免れないため、銀行によって大きく対応が異なってくる可能性があるでしょう。
⑥家族信託の活用
本人が元気なうちに特定の家族等と家族信託契約を結んでおき、預金の全部又は一部を家族等の受託者が管理する信託口口座へ移しておけば、受託者である家族等が信託の目的の範囲内で自由に引出すことができます。成年後見制度のように家庭裁判所から監督を受けることもありません。銀行が信託口口座の開設に応じてくれない場合は、信託専用口座(受託者の個人口座)を利用します。また、本人が亡くなっても口座凍結とならないため、家族への預金の承継手続きは他の方法に比べて最もスムーズです。
ただし、信託契約書の作成や信託口口座の開設にある程度の時間と費用が掛かりますので、それをデメリットと考える方もいるでしょう。
預金が僅少となり、投資信託等の金融商品しかまとまった資産が残っておらず、これを家族等が解約換金等しようとする場合は、更に大変です。投資信託等は預金と違って常に価格変動があることから、一旦、解約等を行った場合、原状回復が困難だからです。家族等による取引を断られるケースも、十分あり得るでしょう。
世界でもトップクラスの長寿国である我が国において、自分や家族の認知症への備えは、もはや他人事ではありません。預金やその他の金融資産や不動産など、何をどうしておくのが最適なのかは、人や家族によって異なってきます。是非、早めにご相談ください。