1. はじめに
相続した他人に貸している建物の家賃が不当に低額な場合、家賃の増額をすることはできるでしょうか。
不動産の賃貸借契約において、一度賃料を決定した後であっても、その後の事情の変化によってそのままの賃料を維持することが相当でなくなった場合には、相当な賃料への変更を請求することができます(借地借家法11条1項、32条1項)。
この手続は「賃料増減請求」とも呼ばれます。本稿ではそのうちの建物の賃貸人から賃料の増額を請求する手続である「建物賃料増額請求」について解説します。
2. 手続の順序
(1) 裁判所外での協議
建物の賃借人に対し、妥当と考える賃料を明示して増額の請求をします。このとき法律上必須ではないものの、まずは裁判所外で、賃貸借契約の当事者が協議を行い新しい賃料の合意が成立しないかを試みる場合がほとんどです。管理会社がいる場合には管理会社を通じて請求・協議をすることになります。
(3)で説明する訴訟で新しい賃料が決まる場合には、賃料増額請求をした時点からさかのぼって新しい賃料を請求できることになります。このとき内容証明郵便を利用することで、いつの時点でどのような内容の請求をしたのかを明確にしたり、賃料増額請求の明確な意思があることを示したりすることができます。
(2) 民事調停
裁判所外での話し合いがうまくいかない場合には、裁判所の手続を利用することになります。賃料増額請求をする場合には訴訟を提起する前に、まずは調停を申し立てる必要があります(民事調停法24条の2第1項)。
民事調停は調停官1名、調停委員2名が立ち会いのもとで当事者が協議をする手続です。調停官は裁判官から、調停委員は専門的な知識・経験を持っている人の中から選任されます。
当事者が同席して話し合いをする方法や、当事者が交互に裁判官、調停委員に意見を伝える方法で審理が進められます。
第三者のいる場で交渉をすることで冷静な話し合いをしたり、専門知識を有する公平な立場の調停官、調停委員から情報提供を受けたりすることができます。
調停は当事者の合意による解決を目指す手続ですから、一方の当事者が納得しなければ調停で賃料が決まることはありません。
(3) 訴訟
調停が成立しなかった場合は訴訟へ移行することになります。
訴訟では基本的に当事者が提出した証拠や意見に基づいて裁判所が判決をします。場合によっては裁判所の選任する鑑定人による鑑定が行われることもあります。
調停とは異なり、当事者が納得をするかどうかににかかわらず裁判所の判断に従うことになります。
訴訟の進行中にも並行して和解協議を行う場合がほとんどで、判決を待たずに和解による解決ができる場合もあります。
3. 新しい賃料のポイント
考慮される事情について、条文上のものとして
①土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減
②土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済的事情の変動
③近傍同種の建物の借賃などがあります。
また、それ以外でも賃料額決定の重要な要素となったもの、たとえば従前の賃料額決定の経緯なども考慮されます。
新しい賃料としてどのくらいが妥当であるかを算定する方法は、利回りを基準とする方法、経済指標などの変動率を乗じる方法、近隣の物件との比較で決定する方法、新たに賃貸借契約を締結する場合の賃料を参考にする方法など複数の方法があります。裁判例ではこれらの複数の方法を組み合わせて賃料を決定する場合が多いです。
4. 最後に
賃料増額請求を行う上では、調停や訴訟といった手続的な専門知識や、賃料の算定に必要な複雑な計算が必要になります。賃料増額交渉を有利に進めたり、調停や訴訟で裁判官や調停委員に対して効果的な主張をしたりするためには、手続や取引実務の知識が不可欠です。賃貸借契約のような継続的な契約では信頼関係が重視されますから、正しい根拠に基づいた話し合いをするなど関係を維持することに向けた努力も必要です。
賃貸物件の賃料の増額がしたい場合には、まずは弁護士に相談してください。