先日、作曲家の坂本龍一氏が亡くなりました。以下、愛称である「教授」と呼ばせていただきます。個人的に好きな曲は、「energy flow」という曲で、高校生の頃に楽譜を買ってピアノで弾いていました。当時は医薬品のCMで使われてミリオンセラーを記録していたかと思います。ちなみに、ご本人的にはあまり思い入れがなかった曲だと後年知りました。
ニュース等を見る限り、なかなか大変な相続になりそうです。4人の子供たち(異母兄弟)が相続人になるそうです。他にも事実婚の奥様がいらして、生前に籍を入れたいと取材には応えていたとかいないとか。遺言書も書いたとか遺産は全部寄付したいと言ったとか言わないとか。さらに、教授自身は10年超ニューヨーク在住であって、相続人も10年超海外居住なら基本的に日本の相続税はかかりませんが、相続人の国籍や住所はよくわかりません。
個人的に一番注目しているポイントはNFT(※)です。2021年12月に教授はご自身の曲「戦場のメリークリスマス」の音符595音をNFT化して1音10,000円で販売しております。一般的に、市場があって頻繁に取引がされている仮想通貨やNFTは相続税の対象となります。仮に、生涯の作曲数が300曲、1曲あたり500音とすると、10,000円×300曲×500音=15億円となります。更に厄介なことに、当初10,000円で販売されていた1音は、現在オークションサイトで80,000円から1,000,000円で販売されております。勿論、全ての価格で取引が成立しているわけではありませんが、相続税は基本的に時価ベースになるので、こちらを採用するとなると天文学的数字になりそうです。
もし私が教授の顧問税理士であれば、音符のNFT化する前に「NFT化するのは相続税の時に問題になるから考え直してほしい」と提案していたところです。ましてや当時教授はガンに罹られていて相続も遠くない時期だったかと思います。
とはいえ、戦場のメリークリスマスの1音符に10,000円の価値があるとはいえ、まだ他の楽曲に関してNFT化はされていないわけですからそこまでの価値はないと考えることもできます。それであれば、「著作権」としての相続税評価になり、将来の収益をベースにした安い評価となります。
また別の考え方として、「仕掛品」としての評価もあります。仕掛品というのは、商品になる前の物になります。工事途中の建物や、故障している下取りの車などをイメージしてください。それらの仕掛品に工事や整備などの手直しをして初めて市場に出せる商品になります。今回で言うと、NFTとしてはまた市場には出せないけど、NFT化して売りに出せば1音符10,000円になる可能性があるもの、といった評価になるかと思います。仕掛品であれば、(商品の価値)-(商品化するまでの諸経費)、として評価額を計算します。
いきなり税務署が「教授のNFTは時価で課税します!」という可能性は低いと思われます。しかし、相続人が諸事情から相続した著作権をNFT化し売りに出したらどうでしょうか。「武富士事件」や「長崎年金訴状」に続く相続税の一大事件になりそうな予感がします。もし私が顧問税理士なら裸足で逃げ出したいところです。
(※)NFTとは、Non-Fungible Tokenの略であり、「代替不可能なトークン」と翻訳されます。例えば、ゴッホの「ひまわり」という絵画があります。「ひまわり」という作品自体は何種類か存在していて、日本ではSOMPOグループが所有しているものが有名です。実物の絵画は各1点しかなく、数十億円で売買されることになります。反対に、「ひまわり」の写真というのはインターネット上に無料でいくらでも見ることができます。ジグソーパズルやマットなどの商品もあります。NFTというのは、ゴッホ本人が「これは本物の『ひまわり』の画像データです。」というお墨付きを与えることになります。画像データを実物の絵画のように売買したり、鑑賞・商業利用の際にお金を取ったり、他者が勝手に利用することを制限したりすることが可能になります。